失語症はなぜ起こる?原因と脳の仕組みから見る、歌のリハビリ「MIT」

話せないのに歌える? 失語症と歌のリハビリMITを音楽療法士が解説 失語症を知る

脳卒中のあと、ことばが出にくくなったご家族が、昔よく歌っていた歌なら、
すらすらと歌えた——。そんな場面に出会って、不思議に思ったことは
ありませんか。

これは、偶然でも奇跡でもありません。ことばと歌は、脳の中の別の
「通り道」を使っているからです。

この記事では、音楽療法士(実務経験22年)が、失語症の原因や脳の
仕組み、歌を使ったリハビリ「MIT(メロディック・イントネーション・
セラピー)」、そして「失語症は治るのか」という正直なところまで、
順を追ってお伝えします。あわせて、ご家庭で今日からできることも
3つご紹介します。

■動画で見る
本記事の内容は、以下の動画でも分かりやすく解説しています。
文章とあわせてご覧いただくと、より理解が深まります。

■こんな人におすすめです
・失語症のご本人・ご家族で、「歌なら歌えた」という場面に
 驚いた経験がある方
・失語症がなぜ起こるのか、脳の仕組みを知りたい方
・歌を使ったリハビリ「MIT」について知りたい方
・失語症は治るのか、正直なところを知りたい方
・ご家庭で今日からできることを探している方

第1章 失語症とは?主な原因

失語症は、脳卒中(脳梗塞・脳出血)などによって、脳の中の
「ことばを担当する場所」が傷つくことで起こる症状です。話す・聞く・
読む・書くといった、ことばに関わる働きが難しくなります。

ここで、まず知っておいていただきたい、いちばん大切なことが
あります。失語症は、知能や記憶の問題ではないということです。
ことばの「通り道」が傷ついているだけで、その方が考える力も、
感情も、人柄も、以前とまったく変わりません。

「伝えたいことは頭の中にちゃんとあるのに、ことばにならない」
——失語症のご本人は、そういう状態の中にいらっしゃいます。
もどかしさを抱えているのはご本人自身であることを、まず知って
いただけたらと思います。

第2章 なぜ「歌う」ことはできるのか?脳の仕組み

では、なぜ話すことが難しいのに、歌は歌えるのでしょうか。鍵は、
脳の中の「通り道」の違いにあります。

ことばは、主に脳の左側にある言語のネットワークが担当しています。
失語症は、多くの場合ここが傷ついた状態です。

ところが、歌は違います。メロディやリズムは、右側の脳を含む、
より広いネットワークで処理されることが分かっています。つまり、
ことばの通り道が通行止めになっても、歌の通り道は無事に残って
いることが多いのです。だからこそ、「話す」は難しくても「歌う」
はできる、という現象が起こります。

さらに、長年歌ってきた思い出の歌は、体が覚えている「自動的な
記憶」になっています。自転車の乗り方を忘れないのと同じように、
考えなくても口が動いてくれるのです。

実はこの現象、新しい発見ではありません。280年ほど前の医学記録
にも、「話せないのに、賛美歌なら歌える患者がいた」という報告が
残っています。歌と脳の関係は、昔から知られていた、人間の脳の
底力なのです。

第3章 歌を使ったリハビリ「MIT」とは

「歌えること」は、それ自体が素晴らしいだけでなく、ことばを
取り戻すリハビリの「入口」にもなります。

その代表的な手法が、MIT(メロディック・イントネーション・
セラピー)です。伝えたいことばを、メロディとリズムに乗せて発声し、
少しずつ歌から話しことばへ近づけていく、体系的な手法です。
アメリカ神経学会(AAN)もその有効性を認めています。

歌がことばの回復を助ける理由は、先ほどの「通り道」の話と
つながっています。無事に残った「歌の通り道」を使って、ことばを
運ぶ練習をする——研究では、歌を使った訓練によって、右側の脳に
ことばの迂回路が育っていくことも報告されています。

第4章 失語症は治るのか?

ここは、正直にお伝えしたい部分です。

効果には個人差がありますし、歌えばすぐに話せるようになる、
という魔法ではありません。過度な期待はせず、しかし諦める必要も
ない、というのが正確なところです。

大切なのは、医師や言語聴覚士のアドバイスを受けながら、リハビリと
併用することです。歌を使ったアプローチは、既存の言語リハビリと
対立するものではなく、併用することで、楽しく長く続けやすくなる
——そういう位置づけで考えていただくのが、いちばん正しい向き合い方
だと思います。

第5章 ご家庭で今日からできる3つのこと

最後に、ご家庭で今日からできることを3つ、お伝えします。

①ご本人の「十八番」を、一緒に歌ってください。上手じゃなくて
いいですし、歌詞が違っても直さなくて大丈夫です。声が出ること
自体が、何よりの練習になります。

②歌の時間を、毎日の習慣にしてください。1日5分で十分です。
テレビの歌番組に合わせても、動画に合わせても構いません。

③歌えたら、一緒に喜んでください。「歌えたね」の一言が、ご本人の
「もう一度声を出してみよう」という気持ちにつながります。

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